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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)1536号 判決

控訴人

魚住友子

右訴訟代理人

古瀬駿介

南木武輝

被控訴人

欧州共同体委員会

右代表者委員長

ガストン・トルン

右訴訟代理人

牧野良三

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。控訴人が被控訴人に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。被控訴人は控訴人に対し、昭和五五年七月二五日以降本案判決確定に至るまで、毎月二五日限り一か月金四一万五五三四円を仮に支払え。被控訴人は控訴人に対し、昭和五五年一二月一五日以降本案判決確定に至るまで、毎年六月一五日及び一二月一五日に各金三九万六一五七円を仮に支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、疎明の提出、援用及び認否は、原判決三枚目表九行目「提供」の次に「の受領」を加え、同六枚目表二行目「被申請人が」から同三行目「認めるが、」までを削除するほか、原判決事実摘示及び当審記録中の書証目録の記載と同一であるから、これを引用する。

理由

当裁判所も控訴人の本件申請はいずれもこれを却下すべきものと判断する。その理由は、原判決二二枚目表四行目「被申請人が」の次に「その根拠はともかくとして」を加え、同五行目「ことは」から同六行目「ないが」までを「としても」と改め、同三九枚目表九行目「井上」を「井下」と、同四一枚目表三行目「広報室」を「報道室」と改めるほか、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

よつて本件控訴は理由がないから民訴法三八四条一項、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(中川幹郎 上野精 菅英昇)

〈参考・第一審判決理由〉

【理由】

第一 本案前の申立について

被申請人は、本件申請は訴えの利益を欠く旨主張するので、この点について判断すると、被申請人がその主張のとおり特権及び免除を享有するものであることは当事者間に争いがないが、判決形成手続と執行手続とは分離して観念することができるものであつつて、判決の執行を拒否される可能性があるからといつて、直ちに、判決形成手続における訴えの利益がないということはできない。そして、被申請人が裁判権からの免除を放棄していることは当裁判所に明らかであるから、本件における訴えの利益はこれを肯認するのが相当であり、被申請人の本案前の主張は採用することができない。

第二 本案について

一 申請の理由1の(一)及び(二)の事実並びに本件就業規則第五条には「最初の三カ月間の勤務は試用期間とみなす。試用期間中は、書面により八日間の予告をなすことにより、補償を支払うことなく、いずれの当事者も、契約を終了することができる。」と定められていることは、いずれも当事者間に争いがない。

二 本件就業規則の排他的適用の主張について

まず、被申請人は、申請人との雇用関係については本件就業規則が排他的に適用され、被申請人が右第五条の規定に基づき本件終了通知をしたことにより、申請人は被申請人の職員としての身分を喪失した旨主張するので、この点について判断する。

当事者間に争いのない事実並びに〈疎明〉によれば、ECは、欧州議会、閣僚理事会、委員会(被申請人)、及び欧州裁判所を主要な機関とするが、欧州共同体理事会規定第七九条は、「このタイトルの規定に基づき、現地職員の就業条件、特に、(a)雇入れの方法と契約の終了、(b)退職及び(c)報酬は、現地職員が職務を遂行する場所における現行の諸規則及び慣例に従い、それぞれの機関により決定される」と規定し、また、同第八一条は、「当該機関と現地職員とのいかなる紛争も、職員が職務を遂行する場所において効力のある法に従い、管轄権のある裁判所に提訴される。」と規定していること、本件就業規則の前文には、本件就業規則は右理事会規定第七九条を尊重して定められたものであることが明記されており、また、本件雇用契約書第三条には、「欧州共同体のその他の職員の就業条件を定めた理事会規定第二五九―六八号の第七九条から第八一条及び理事会規定に従つて委員会が作成し、かつ東京で雇用される帰地職員の就業条件を定めた諸規則は本契約に適用される。」と記載されていること、及び、EC域内の事案についてではあるが、右理事会規定第七九条にいう「現行の諸規則及び慣例」には職務遂行地の法令を含むとした欧州裁判所の裁判例のあることが認められる。

そうすると、本件就業規則は、右理事会規定により、本来、職務遂行地である我国の現行の諸規則及び慣行に従つて定められるべきものであつて、もしこのようにして定められるべき本件就業規則が我国の法令及び判例に牴触するときは、右理事会規定が上位規範であるから、その牴触する限度で効力を有せず、我国の法令が適用されるといわなければならない。そして、後に判示するとおり、被申請人のした本件解雇は、被申請人に留保された解約権の行使であり、我国では、このような留保解約権の行使は、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認することができる場合に許容されると解すべきものであるから、本件終了通知がされたことだけで、直ちに、申請人が昭和五五年七月一日以降被申請人の職員としての地位を喪失しているとする被申請人の主張は、採用することができない。

三 本件解雇の効力

そこで、以下、本件解雇の効力について判断する。

1 当事者間に争いのない事実並びに〈疎明〉によれば次の事実が認められる。

(一) 採用から解雇に至る経緯に関する事実

(1) 被申請人は、日本国政府との間で本件駐日代表部協定を締結して肩書地に代表部を設置し、その駐日代表部は、フィールディング代表以下約三〇名の職員で日本国内での諸活動に従事しているが、駐日代表部の現地職員は、五段階のジョップ・レベル(以下「レベル」という。)、九つのグループ及び二一のステップによつて等級付けられ、第一レベルにはグループⅠ(研究職員一級)及びⅡ(同二級)が、第二レベルにはグループⅢ(管理職員一級)及びⅣ(同二級)が、第三レベルにはグループⅤ(秘書・速記タイピスト一級)及びⅥ(同二級)が、第四レベルにはグループⅦ(タイピスト一級)及びⅨ(同二級)が、第五レベルにはブループⅦ(運転手一級)及びⅧ(同二級)が、それぞれ該当するものとされており、職員は、その能力及び経験などによつてレベルが定められたうえ、各レベル中まず下位のグループに位置付けられ、各グループ内のステップは年齢及び経験に照らして決定される。そして、部内では、第一レベルをAランク、第二レベルをBランク、第三レベルをCランク、第四レベルをDランク、第五レベルをEランクと称し、各ランクの給与は、Aが約三七万円から約六三万円、Bが約二八万円から約四九万円、Cが約二二万円から三九万円、Dが約一八万円から約三五万円、Eが約二〇万円から約三五万円と定められていた。

申請人は、昭和四九年三月名古屋大学を卒業後、約三年間法律事務所で事務員をし、同五三年二月から同五五年三月まで日経マグロウヒル社の日経メディカル編集部でアルバイトをしていた。

(2) 駐日代表部の広報部は、ドウラプラス参事官を長として、資材室(ユーラー室長)と報道室(岸上室長)とに分かれ、報道室は、月刊ECジャーナルや広報パンフレットの編集・発行、プレス・レリースと称されている報道機関向けの発表文の翻訳・発行、各種記者会見、講演会及びセミナーなどの企画・実施、報道機関との連絡・折衝、日本国内のEC関連報道のファイル作成及びその傾向の分析等広範な報道関連事務を処理していた。

昭和五四年九月ころ、ドウラプラス参事官は、報道室のスタッフを充実強化するために有能な人材を新たに募集することを提案し、同年一一月下旬ころから一二月にかけて数名の候補者を面接したりしたが、いずれも外国語(英語またはフランス語)の能力に問題があつたりしたため、採用を見送り、改めて候補者を捜すこととなつた。その頃、報道室では、従来パンフレット形式であつたECジャーナルを、昭和五五年一月号から雑誌形式に改めて月刊とすることが決定されたこともあつて、早急に編集経験のある確実な人材を補充する必要が生じ、翌五五年一月二三日、岸上室長が日本エディタースクールを訪れ、求人カードに、「仕事の内容―編集、校正、レイアウトその他を含む広報活動助手、条件―男女二五〜三五歳(高い人望)大卒、経験二年以上(なるべく)、特殊技能―英語(仏語尚可)、雇用形態―本採用、試用三か月、月給二八万円・以上」と記載して候補者の紹介を依頼し、エディタースクールでは、これに基づき、就職相談室速報一九八〇年一月二五日(金)付に、「EC(欧州共同体委員会広報部)、編集助手一名二五―三五歳大卒経験二年以上、英語または仏語できれば尚可、本採用二八万円」とした募集記事を掲載した。申請人は、右速報を見て、岸上室長と連絡をとり、同月三一日に駐日代表部へ履歴書を持参した。その際、岸上室長は、申請人に対して、EC駐日代表部という性格上、英語は必要であるが、日本での広報の仕事であるから日本語の能力がより大切であつて、また、給料はBランクであると思うから最低でも二八万円になり、経験、能力、年齢などによつてはステップが上つてもつと多くなることなどを説明した。その後、駐日代表部では、応募者が一〇数名に上つたため、英文履歴書等の提出を求めて、語学力等を書類審査し、英語の能力の劣ると判断される者や記載された現職がアルバイトである者を除外して五人に絞ったうえ、同月二七日にドウラプラス参事官と岸上室長とで面接を行つた。その結果、一応の語学力もあると思われ、また日経マグロウヒル社の編集部員として二年の経験がある点を重視して(当時、ドウラプラス参事官や岸上室長は、申請人がアルバイトであることを知らなかつた。)、申請人の採用をブリュッセルの本部に推薦する旨を内定し、同日中に、岸上室長から申請人に対してその旨を知らせるとともに、三月四日までにアプリケーション・フォームなど必要書類を提出してほしいこと、最終的な判断は、提出書類に基づいてブリュッセルの本部が行うので、採用の可否や待遇は断言できないことなどを連絡した。

三月四日、申請人は、駐日代表部に対して、同日付のアプリケーション・フォームを提出した。申請人は、このアプリケーション・フォームに、語学力(英語)については「読解力・良、作文力・良、会話力・良」と記載し、また、現在の職業として「使用者の名称―日経マグロウヒル社、入社―一九七八年二月六日、年間手取給料―入社時一九〇万円、退社明二一〇万円、正確な職名―編集部員、仕事の種類―企画、著述家との交渉、原案の検討、誤謬悪文の訂正、書き直し、段落区切り、表題付け、割付け、校正」と記載したが、実際には、申請人は同社のアルバイトの臨時職員で、入社時の年間手取給与は一〇六万円、退社時が三月までで三八万円であつた。右アプリケーション・フォームには、「私、下記署名の者は、上記事項が私の知る限り真実かつ完全であることを誓つて宣誓する。……私は、私の側にその意思がなくても、虚偽の供述または脱落があつた場合は、私の応募は取消されることを了解する。」旨の条項が存した。

ブリュッセルの本部では、人事担当者が、申請人の職務、資格及び経験にかんがみ、申請人をⅡ―4クラスへ格付けるよう提案した同月一一日付上申請に、右アプリケーション・フォームのほかの必要書類を添えて、デボワ採用任命昇進部長宛に提出した。

申請人からは、同月四日以来度々駐日代表部に本部の決定の有無の問い合わせがあつたが、岸上室長は、同月一九日、申請人に対し、本部へ電話で問い合わせて知つた、Aランクで採用される旨の本部決定を連絡した。申請人は、Aランクであることに驚きながらも特段異議を述べずに、日経マグロウヒル社に対して同日付の退職届を提出し、翌二〇日、本部から正式のテレックスが駐日代表部に到達した旨の連絡を受けた。同月二四日、申請人は、日経メディカル編集部で後任者と事務の引き継ぎを行い、同月二八日に同社を退社した。

(3) 四月一日、申請人は、報道室で就労を開始した。当時、報道室は、岸上室長、申請人、北川百合子、吉村なな及び小林昌子の五名で構成され、岸上室長と申請人がAランク、北川職員(大学を卒業して駐日代表部に就職し、経験一年、申請人より五歳位若いが、海外生活の経験があり英語が堪能である。)がBランク、吉村職員(経験三年、申請人より一〜二歳年長の秘書)がCランクであつた。岸上室長は、未知数の申請人がAランクとされているので、他の職員との関係を心配したが、申請人がAランクとしての実力を発揮することが肝要であると考え、申請人に対して、「初めが肝心だから頑張るように」との指示を与えたほか、申請人との懇親を図るべく酒席を設けるなど、円滑な職務の遂行を図る努力をした。

同月二一日、申請人は、駐日代表部の人事担当アタッシェのマッコーリーから、Aランクで採用する旨の雇用契約書への署名を求められたが、その場で署名することなく、これを借り受けて岸上室長に相談したところ、岸上室長は、採用を希望するならば署名するほかないのではないかと意見を述べ、同時に、Bランクへの降格を検討してもらうようドウラプラス参事官に手紙を出してみてはどうかと助言した。

同月二二日、申請人は、熟考の末、一旦は契約書に署名して提出しておこうと決意し、岸上室長に連絡することなく、これに署名のうえマッコーリーに提出した。右雇用契約書の第二条には「この契約は期間の定めなく締結される。最初の三カ月の勤務は試用期間と見なされる。試用期間中は、書面により八日間の予告をなすことにより、いずれの当事者も契約を終了することができる。」と記載されていた。このころ、申請人は、マッコーリーから本件就業規則を受け取った。

同月二三日、申請人はドウラプラス参事官に宛て、Bランクへの降格を考慮してほしい旨の書面を作成したが、岸上室長に見せたところ、タイプした方がよいのではないかと忠告され、その提出を留保した。その後、岸上室長から、五月八日、右書面を提出するよう改めて助言され、同月一二日には提出したか否かを尋ねられたが、申請人は、「手紙を出したからと言つて、そう簡単に他の人との関係が変わるような気もしない。」と答えて、自らの判断で右書面を提出しなかつた。この間、駐日代表部内で申請人と他の職員とは円満を欠くようになり、申請人がBランクへの降格を検討してほしい旨希望していることが徐々に知られるようになつた。

五月二〇日、申請人は、ドウラプラス参事官から「ブリュッセル本部がAの人間をBに下げることは不可能だと言つているので、試用期間の満了をもつて契約を終了する」旨を口頭で通告され、その際、「契約書に署名しなかつたらどうなつていたか」と尋ねたところ、同参事官は「雇われていなかつた」と返答した。翌二一日、申請人は、同参事官に対し、前日の通告は納得できないのでもう一度再考してくれるよう書面で申し入れた。その後、申請人が、解雇されればEC本部に手紙を書き、マスコミにアピールし、訴訟を提起するなどと申し立てて、涙を見せたため、対応に苦慮した同参事官は、申請人に対し「決定の再考が可能か否か確かめるため、ブリュッセル本部への連絡を考えてみよう」と答え、右五月二〇日の通告は一応なかつたものとする旨発言した。

六月九日、ブリュッセル本部への出張を終えて帰国した岸上室長が、申請人からドウラプラス参事官が五月二〇日の通告を撤回した旨を聞き、同参事官に確認したところ、同参事官は、そのような発言をやむをえずしたことは認めたものの、申請人の能力、人望などがBランク(管理職員)としても疑問であると考えていることを明らかにした。六月一八日ころ、岸上室長は、フィールディング代表から、申請人の試用期間が間もなく切れるが、申請人に対する広報室の判定はどうかと尋ねられ、ドウラプラス参事官が休暇で帰国中のため、これに代つて、同参事官が申請人はたとえBであつても不適格と判断していることを伝え、また、同月一九日の代表部内上級者会議の席上、岸上室長自身の見解としても、試用期間中に明らかになつた申請人の能力、性格などが駐日代表部の職員として不適格と考えている旨報告した。

(4) 六月二〇日、申請人は、駐日代表部の人事担当者であるマッコーリーから「東京で勤務する現地職員の雇用条件を規定している諸規則第五条の約定に基づき、甲野花子氏は、ここに正式に欧州共同体委員会との雇用契約の終了の決定を通知される。この決定は七月一日から発効する。雇用契約の約定に基づく甲野氏の最終有効就業日は、一九八〇年六月三〇日である。」との通知を受け取つた。同月二三日、申請人は、駐日代表部の職員に対し、解雇に対する抗議などを記載した文書を配布し、翌二四日には、ブリュッセルの本部に対して、右決定の取消を求める不服申立書を提出したほか、同月二六日には、弁護士を通じてフィールディング代表に対し、右決定は不当なものであり、取消すべきである旨の内容証明を郵送した。

七月一日、申請人が報道室に出勤したところ、マッコーリーから、出勤の必要はない旨の文書を手渡された。その後申請人は、ブリュッセル本部のデボワ採用任用昇進部長の署名のある一九八〇年七月三〇日付文書を受け取つたが、同文書には、「上記決定は、職能表中のグループⅡに貴殿を等級づけした結果ではなかつたが、この等級づけは貴殿に任せられ、しかも貴殿が契約に署名することにより認めた業務の客観的評価に基づくものであつた。委員会が貴殿との契約を終了させると決定した理由は、試用期間中における貴殿の勤務が、特に組織能力の欠如、自発性の欠如及び判断力の乏しさにより不満足なものであつたことである。これに関連して、委員会は、東京在委員会代表部において現在得られるのは、研究職員の地位のみであることを明記する。したがつて、委員会は貴殿の解雇についての決定を碓認するより仕方がない。」と記載されていた。

(二) 申請人の適格性に関する事実

(1) 駐日代表部の広報活動には、ECジャーナルの編集・発行のみならず、在日ヨーロッパ人記者や在日EC各国のビジネスマン、同大使館員らとの連絡も含まれ、また、部内でのヨーロッパ人スタッフとの日常の連絡等も英語またはフランス語で行われるところから、その職員は、意思の疎通に支障のない程度の英語またはフランス語の能力が求められる。そこで、駐日代表部は、前記のとおり、日本エディタースクールへの求人申込に際して、特殊技能として英語またはフランス語を要求している旨明示したほか、採用に際して面接も英語で行うなど、英語またはフランス語の能力を重視した(申請人は、英語力は要求されていなかつた旨供述するが、にわかに措信することができない。)そして、応募した者のなかでは英語の能力が上位であつた申請人の採用を決定したのであるが、申請人は、実際に就労を開始してみると、ドウラプラス参事官から与えられた比較的簡単な指示さえ理解できないことがあり、同参事官は、申請人の英語の能力が期待した程のものではないと判断するに至つた。また、申請人が調査を命じられた国際親善協会に関する英文の短いリポートには、単数と複数のとり違い、主語の誤り、ピリオッドの打ち忘れなどが数か所あり、また、時制が必ずしも適当ではないと判断されるものなどが散見される。

(2) ECジャーナル五月号(申請人が就労を開始して約一カ月半以上が経過した五月下旬に発行された。)に掲載するため、岸上室長が申請人に対して「欧州統合年表」の作成を指示したところ、申請人は、ECSCは欧州石炭鉄鋼共同体の略称であるのに「欧州石炭鉄鋼条約(ECSC」と、EECは欧州経済共同体であるのに「欧州共同体(EEC)」とし、また、欧州理事会とすべきところを「首脳会議」としたほか、広報部の資料室を利用するなどすれば容易に調査することができたはずであるのにこれをしないで、年表の七項目について全部又は一部を白紙のままとし、また、三項目について完全でない記述をするなど三八項目中合計一三項目について不完全な記載のままで原稿を提出した。

(3) ECジャーナル六月号は、岸上室長がブリュッセルの本部に出張のため、割付、校正など申請人の手に委ねられたが、同月号には、表記の不統一、送り仮名の誤り、単位の付け忘れなど十数か所の不備が見うけられる(もつとも、同月号について版下を造り直したとする被申請人の主張は、これを認めるに足りる証拠はない。)。

(4) 申請人は、ドウラプラス参事官から、国際親善協会がフィールディング代表の講演に値する団体であるかどうか、同団体の性格や評判を調査するよう命じられた際、同参事官に指示されるまで同団体の会員である報道関係者に同団体について尋ねることを怠るなど、その調査方法が適切でなく、積極性、判断力に欠けるところがあつた。

(5) 申請人は、四月中旬ころ、岸上室長に対して、ECジャーナル本文の写植文字が平体がかかつているのは読みにくいので正体にすべきであると主張し、岸上室長が、平体にも長所はあるので暫くはこのままにする旨説明したにもかかわらず、日経マグロウヒル社や日本エディタースクールでは正体であり、調査でも正体の方が見易いとの結果が出されていると、自己の見解が正しいことを強く主張した。また、ECジャーナルの印刷の際、いわゆる「棒打ち」形式がとられている点をとらえて、「原稿整理」をして完全原稿にしたうえ印刷に回すべきことを主張し、また、鉤括弧や句読点に印を付することに執着して、岸上室長が、印刷の三陽社との間では七通りの割付パターンを取決めてあるのでその指定さえすれば書体、字詰め、字送り及び行送りなどはスムーズに行われる体制になつていることや人手も不足していることなどを説明したうえ、単に鉤括弧や句読点に印を付するのではなく、編集、校正、リライトなどの技術の修得や国際機関である被申請人の機構や役割などの理解を深めるように指導したにもかかわらず、素直に指導に従おうとしなかつた。

(6) なお、申請人は、岸上室長から、他の職員と融合するためにも、当面、昼食を他の人達と一緒にしたほうがよいのではないかと勧められたが、自分は朝食を食べて来ないから昼食は充実させなければならないとしてこの勧めに従わず、また、他の職員が順番にコーヒーを入れていても、自分はコーヒーを飲めない体質だからといつてこれに加わらないで、逆に、北川職員や吉村職員が同席していても、お茶を一人だけで飲むことがあつたほか、井上大盛運転手に対して「何故早く新聞を取つてこないのか」と強い態度で叱責したり、高橋文昭運転手に対してその都合も確かめずに記者会見の準備の手伝いを命じたりしたことがあつた。このようなことから、申請人に対し悪感情を持つ職員もあつた。

2 右に認定したところによれば、申請人と被申請人との間に試用期間を三か月とする期間の定めのない雇用契約が締結されたが、右試用期間の満了直前に被申請人が申請人に対して本採用の拒否を告知したものであつて、被申請人のした本件本採用の拒否は、試用期間中被申請人に留保されていた解約権の行使というべきである。

ところで、右のような試用期間中の解約権の留保は、使用者が労働者を採用するにあたり、採否決定の当初においては、その者の資質、性格、能力その他適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行い、適切な判定資料を十分に蒐集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるものと解されるのであつて、今日における雇用の実情にかんがみるときは、一定の合理的期間の限定の下にこのような留保約款を設けることも、合理性をもつものとしてその効力を肯定することができるというべきであり、それゆえ、右の留保解約権に基づく解雇は、これを通常の解雇と全く同一に論ずることはできず、前者については、後者の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべきものといわなければならない。そして、この留保解約権の行使は、右のような解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認することができる場合に許されるものと解すべきである(最高裁昭和四八年一二月一二日大法廷判決・民集二七巻一一号一五三六頁参照)。

そこで、本件における解約権の行使が社会通念上相当として是認することができるかどうかを考えるに、前記認定の事実によれば、申請人は、駐日代表部報道室のAランク職員として被申請人に採用され、ECジャーナルの編集、発行を主とし、その他広報活動全般にわたつて活躍することを期待されていたところ、試用期間中において、ECジャーナルの編集、発行の仕事、とりわけ校正、原稿整理等の仕事に力を注ぎ、その余の広報室の仕事については積極的にこれを遂行しようとしなかつたのみならず、その仕事ぶりにはミスがないでもなかつたものである。しかも、右編集、発行に関する申請人の能力は、被申請人の期待に応えるものではなかつたばかりでなく、申請人の英語の能力も、被申請人が採用時において予想した程度に達していなかつたものであり、さらに、申請人は、上司の命に素直に従わず、また、同僚の職員等との協調性に欠ける点があつたのである。そして、他方、被申請人は、駐日代表部の雇用形態としていわば能力主義を採用し、ランク別に地位、給与等に格差を設け、AランクやBランクの該当者に対しては年齢が若くてもかなり高い給与を支給していたものであり、この点からみると、被申請人が、右のような高いランクの職員の採用に際して、適格性の審査を十分に行うため試用期間を設けて解約権を留保するのは、このような雇用形態を採らない場合に比し、より強い合理性を有するものということができ、本件契約において留保された解約権の行使は、ある程度広くこれを認めることができるというべきである。

ところで、申請人は、本来Bランクで採用されるはずであつたのに、被申請人が勝手にAランクで採用したため、申請人の地位に対する他の職員の不満があらわれ、円満な職務遂行ができなかつた旨主張する。前記認定事実によれば、なるほど、申請人が被申請人の求人に応募した当初、岸上室長から申請人に対してBランクであるかのような説明がされたことがあり、申請人もBランクで採用されると考えたものである。しかしながら、申請人は、Aランクで採用されることを知つた日に日経マグロウヒル社に対して正式に退社届を提出し、契約に際しては十分熟考したううえAランクであることを了承して契約書に署名したこと、また、Aランクという申請人の地位、待遇は、申請人によつてアプリケーション・フォームに記載された経歴などが不正確であつた(前認定のとおり、実際にはアルバイトの臨時職員であつたのに、正式の編集部員であつたように記載され、また、年収も高額に記載されていた。)ため、被申請人に誤解が生じ、これに基づいて決定されたものであることなどの事情を勘案すれば、申請人がAランクで採用されたことについては、申請人にも責任を負うべき点があるというべきである。しかも、前記認定事実に照らすと、申請人が円満に職務を遂行することができなかつた原因が、Aランクで採用されたことのみにあつたとはとうてい考えられないのみならず、申請人がBランクで採用されていたとしても、適格性につき問題が生じなかつたということはできない。

以上説示したところと、申請人が、大学卒業後数年間他の職についた後に採用された、いわゆる中途採用者であり、他方、被申請人が、日本において営利を目的とする民間企業でなく、欧州共同体という国際機関の委員会であつて、その駐日代表部は我国における広報活動を含む諸活動に従事するものであることなど前認定の事実関係をすべて総合して判断するときは、被申請人が、申請人について、駐日代表部の職員として適格性を欠くとしてその本採用を拒否したことは、試用期間に伴う前記解約権留保の趣旨、目的に照らして合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認することができるものといわざるを得ない。

そうすると、被申請人が本件終了通知によつてした解雇の意思表示は有効であつて、申請人は、右解雇の意思表示がその効力を生じた時に被申請人の職員としての地位を喪失したものというべきである。

四 本件解雇の効力の発生時期

そこで次に、本件解雇の効力の発生時期について検討するに、被申請人は、申請人に対して昭和五五年六月二〇日に契約の終了を予告したから、本件就業規則五条により、申請人は同月三〇日をもつて被申請人の職員としての身分を喪失した旨主張しているが、我国の労働基準法第二一条第四号、第二〇条によれば、申請人のような試用期間中の者であつても一四日を超えて引き続き使用されている場合には、三〇日前に解雇予告をすることが必要とされており、我国の現行の労働基準法に牴触する本件就業規則の条項は、前判示のとおり、その牴触する限度において効力がなく、労働基準法が適用されると解されるから、右被申請人の主張は採用することができない。しかしながら、同法二〇条に定める期間に満たない予告期間を設けてなされた解雇予告の絶対的に無効なのではなく、同条の期間を経過することによつて解雇の効力が発生すると解するのが相当であるから、被申請人が申請人に対して本件解雇の効力は、同年七月二〇日の経過によつて発生すると解するのが相当である。

右によると、申請人は、被申請人に対し、同月一日から二〇日までの二〇日間分の賃金請求権を有するものと認められるが、その保全の必要性について検討するに、本件全疎明によるも、申請人について直ちに右二〇日分の賃金の仮払を受けさせなければならない程の急迫した事情があると認めることはできない。

第三 結論

よつて、本件申請はいずれも理由がなく、事案に照らして保証をもつて疎明に代えることも相当でないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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